いっぴつじ blog

日々のことをひつじが一筆かきます。愛猫もたまに交えて(*^-^*)

【新生児】の時に死にかけた

私は、昭和に生まれて今50代です。

母から聞かされました。

今、生きれてることに感謝です。

 

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私が産まれるまで

母は、自営業の父と結婚しました。

プロポーズの言葉は、

「俺と一緒に、このうちのしんしょうよくしてくれ。」

だったそうです。

 

「しんしょう」は、新潟の方言で財産みたいな意味になるので、

一緒にこの店をよくして金を稼ぐことに頑張ってくれ、

という感じでしょうか。

 

母は、働かされました。

父には姉が3人いて、なかなかの小姑でした。

汚いこととこわいことは嫁の仕事だと、

母はいろいろとやらされてたようです。

 

ちょうど同じ時期に母も出産、父の姉も出産です。

父の姉は、出産のために実家に戻ってきます。

 

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当時、家で産婆さんから取り上げてもらうのと、

病院で産む人と半々くらいだったんでしょうか。

 

祖母は、自分の娘は病院で産んでもいいが、

母には自分の方の実家で産めと言います。

お金がもったいなかったので、

嫁である母にお金はかけたくなかったんでしょう。

 

嫁とは縁がつながっただけで、

親類ではなく縁類だという祖母でしたから。

今聞いても、どういう扱いなんだと思う時あります。

 

母は、言われたとおりにします。

私が産まれる予定日の12月に、

母の実家で産婆さんによって私は取り上げられました。

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月がきれいな夜中2時に産まれました。

 

母が出血多量で入院、一緒に私も病院に

母は、産んだ後の出血がすごくて、

入院することに。

産まれたばかりの私を、母親がそんな状態じゃだめだと、

一緒に私も入院することになります。

 

母は、輸血が必要になるほどの出血で、

親兄弟に親せきに声かけて助かったそうです。

 

私はというと、新生児室がいっぱいで、

一般の大人が入院してる部屋に入れられます。

 

そこが問題でした。

私は、どこがどうということもなく産まれたのですが、

日に日に呼吸がおかしくなっていきます。

呼吸困難です。

 

あんな小さな体で、

私も一生懸命に生きようとしていたんでしょう。

肺の辺りが盛り上がるほどの息の仕方だったそうです。

ハアハアと。

 

先生は、毎日私に大きな注射を打つそうです。

母は、あんな小さな体に打たれるのを見るのがつらかったと。

 

12月中頃に産まれ、

クリスマスまでもたないと医者から言われます。

家族は覚悟したそうです。年内の葬式を。

 

ある日、父が母のところに見舞いに来た時に、

私のいる部屋に入って驚きました。

 

部屋中空気が悪く、たばこの匂いもしてたそうです。

私、それで死ぬところだったみたいです。

昔は、お見舞いに来た人が

廊下やその辺で吸ってたんでしょうか。

 

父が、なんでこんなとこに置いてんだ!!

動かしてくれ!!

と、先生に言って私は別の部屋へ。

私の町では、病院も小さく入院患者が多くて、

大人も子供も一緒だったみたいです。

 

部屋を替えたら、私はみるみる元気になったそうです。

 

病室のイラスト(背景素材)

 

母は、あの打たれてた注射をずっと気にしてました。

なにか、副作用が出るんじゃないかと。

あの大きな注射は、大丈夫だったのかと。

 

でも、私はあれから元気に育っていて、

小学校中学校高校と全然休んでません。

今も内科にかかること、めったにないです。

 

自分でも、

お金のかからない人間だなと思います。

 

目も今のところいいし、歯も20年ほど歯医者に行ってません、

インフルエンザ、かかったことありません。

ただ、気管支は弱いです。せきはよく出ます。

新生児のその頃のをひきずってるかもしれません。

 

死んでもおかしくなかったと聞かされると、

このもらった命を生ききろうと思います。

 

私には、死産した子がいるので、

その子のためにもです。

 

生きてると、つらいことも多いですが、

ブログの中でも、頑張ってられる方の記事を読むと

励みになっています。