亡くなった父が残した後片付け
実家がこんなに片付いてなくて大変だったなんて、
恥ずかしい話なんですが、
私としては残しておきたい出来事なので書きます。
工場の片付け
涼しくなってきたので、
実家の工場の片付けをしてます。
母が、 細々と店をやっている隣にある工場です。
私は、3年前に父が亡くなってから、
実家をずっと片付けている感じです。
母はきれい好きですが、
歳と共にごみの分別ができなくなってきて、
私が定期的に 片付けないといけません。
ここは、父が亡くなってから一度片付けて物を少なくしたんですが、
もう少しスッキリさせようと、今回は奥の棚を片付けて、
隣りのガラスケースを粗大ごみで出す計画です。
片付け始めました。
ビン、ペットボトル、缶、
プラスチック、燃えるゴミ...分けなきゃ(>_<)
ガラスケースはかなり重いので、粗大ごみで出すときは男手が必要。
亡くなった父は、人がいらないって言えばもらってくる人でした。
おかげで、家のあちこち物だらけです。
このガラスケースもスチールの棚もそうです。
ここ片付けたら、土間なので車1台入ります。
足の踏み場のない物置⁉
3年前に亡くなった父は、
片付けという大仕事を私達に残していきました。
父は、捨てられない、片付けられない、
そして収集癖があったようです。


左:ここ10畳ほどあるんですが、
父が物置にしていたようで、足の踏み場がなかった。
右:私がかなりの時間かけて片付けました。
どこから持って来たのかわかりませんが、
いろいろな物のオンパレードでした。
果物かごなんて、なんであるかな⁉
うちの車のものではないタイヤがあったり、ホイールがあったり。
ベッドまでありました。家族の誰も使用したことも見たこともないのに…。


民俗資料館かなにかに展示されてそうですよね。
これはそのまま置いてありますが。
この中で桐のタンスで使えそうなのを、
私が洗ってきれいにして母が使ってます。
ここが一番大変だった大きな倉庫
大きな倉庫もあって、ここもまったく片付けられてなくて、
なにから手を付けていいのか、
やると決めても立ち尽くしてました。



この倉庫は、車でいったら4台は入ります。
左写真は、手前から片付けていって、
やっと下のコンクリートが見えました。
中央と右の写真は、片付け始めの手つかずのときのものです(>_<)
どれだけ、クリーンセンターに車で運んだかわかりません。
クリーンセンターの職員の人に不思議がられて、
「父がいろいろ集めてすごいことになって、今片付けてるんです。」
と説明することに。
その後は、「また来たね」と、声をかけてもらえたりして、
粗大ごみの時は手伝ってもらったりしました。
今は、この手前に車1台入ってます。
やっとなんとか、ここまでになりました。
暑い時、寒い時は無理しないでやってきました。
この倉庫は、父が倒れてから始めたので、
かれこれ10年近くになります。
片付けても片付けても、
終わらない作業に涙が出そうでした。
いえ、時には泣いてたような…。
やるのは私しかいないと、
40代は片付けてたことばかり思い出されます。
これ業者に頼んでたら、
100万はいってたと思います。
それで、股関節をなおのこと
痛めてしまったところはありますが(´;ω;`)ウッ…
* * * * * *
せっかくここまで片付けたのに、
息子が引っ越しで持って来たものが
とりあえず置かしてもらうということで
また倉庫の一部を占領し始めています。
母に、「ごめんね、置かしてください。」と
息子のものを置かしてもらってます。
父と同じ匂いがして、不安です。
こんな話をしてたら、こんな海が見たくなりました。
もう、なにも考えたくない…。